Netflixの『THE DAYS』で見た、本物のインシデント対応

Netflixで『THE DAYS』を観た。

本作の舞台は東日本大震災で被災した、福島第一原発。被災直後からの数日間を物語として再構築した、半分ドキュメンタリーのような全8話のドラマだ。4基の原発の事故対応に追われる最前線の現場と、メディア対応や外交など厳しいシチュエーションが次から次に降ってくる政府の対応を克明に描いている。複数の場面が同時進行で次々に描かれていくので、昔見たアメリカのドラマ『24』を思い出す。

本物のインシデント

原発事故、ましてやメルトダウンの危機となると、あらゆる災害や事故の中でもトップレベルの、まさにインシデント中のインシデントである。すべてが想定外の状況のため、誰も対処法が分からない。そもそも、対処法があるのかも分からない。停電のため、現場では暗いシーンが続くが、「暗中模索」の言葉がよく似合う。

僕が普段仕事をしているIT業界でも、不測の事態や事故をインシデントとして取り扱い、対処するマネジメントシステムが確立されている(参考:「SRE の教訓 : Google におけるインシデント管理とは」)。しかしながら、刻一刻と作業員の健康を害する状況や、なにかひとつのミスで人命を失いかねないこのような状況は、同じ「インシデント」とはいえやはりモノが違う思わざるを得ない。もちろん比べるようなものではないが、どうしても「これが本物のインシデントか......」と背筋が伸びるような状況が続く。

普通に仕事をしていたら、どんな職位、ポジションの人であれ対応の判断に迷うケースはあると思う。「クライアントからのこのメール、どう返信しようか...」「社内における通常のワークフローとは違う状況が発生したが、どう対処すべきか...」など、正解のない問いに答えないといけない場面は多々訪れる。『THE DAYS』で描かれる福島第一原発の現場も、もれなくそうした判断の連続だ。そしてそれは、日常で下している判断に比べて、遥かに重い。誇張ではなく、少し間違えたら簡単に人が死ぬ。

現場のリーダーである原発の所長の立場や、国のリーダーである総理大臣の立場に立って、「この状況で自分ならどうするか?」と何度か想像したが、吐き気がした。どれだけ高い報酬をもらってもやりたくない仕事だと思った。

「福島を見捨てまい」と死力を尽くす、たまたまその日そこに居合わせた人たち

特に印象に残っているシーンがある。事故発生からしばらく経った、中央制御室での出来事。古株や中堅のメンバーが身を粉にして対応にあたるなか、若手のメンバーは最前線に送り込まれることもなく、特にこれといった活動もできぬまま、被ばく量だけが増えていく、という状況に陥る。そんなとき、若手のメンバーだけで、リーダーに対して「特にやれることもないから、若手だけでも退避させてくれないか」と直談判をする。

しかし、この打診に対し、現場のリーダーは「ここで我々がこの現場を離れると、福島を捨てることになる。頼むから残ってくれ」と要請する。どちらの気持ちも痛いほどわかる。まだまだ未来ある若い人材として、無駄に健康を害することは避けたい。一方、ここで人手が減ると不測の事態に対応できないケースも出てくる可能性があり、さらには若手以外の他のメンバーの士気に与える影響なども考えると、できれば残ってほしい。まさに答えのない問い。この二択を迫られるリーダーの立場はあまりに苦しい。

そして、ふと思う。「この人たち、その日にたまたまこの現場に居合わせただけの人たちなんだよな...」と。もちろん、原発の運転管理業務という、そもそも責任の重い仕事であるというのはあるけれど、それでもたまたまその日、そのシフトだったというだけで、ここまで過酷な状況を強いられるというのはあまりに理不尽だと思う。

リーダーシップとはなにか

このドラマを通して見て、もっとも考えさせられたのは「リーダーシップとはなにか」ということだった。このドラマでは、さまざまなレイヤーで「長」を務める、複数のリーダーが登場する。主には、現場の最前線に立つ中央制御室のリーダー、福島第一原発の所長、東京電力の社長(と専務)、内閣総理大臣だ。

その後の対応については様々な意見があるが、多様な形でリーダーシップが発揮されていることは間違いない。そのうえで感じた「インシデント下における良いリーダーシップ」とは、まず、前提として圧倒的な自己犠牲精神があること。そして、抽象的な表現にはなってしまうが「勇気があること」の2点なのではないかと思う。

特に、所長の吉田さんの言動については、現場にいるほぼ全員が一丸となってフォローし、疑義を呈することなく作業にあたっている様子がよく描かれている。「死ぬ覚悟はできている」という旨の発言も、中盤以降では随所に見られたが、そうした自己犠牲の精神と、未知のシチュエーションであっても決して諦めない精神が現場を引っ張っていたのだと思う。教科書にすら載っていない、誰もやったことないシチュエーションすぎて、そうするしか人を引っ張っていく術はないのかもしれない。


最後はナレーションベースで、原発の現在地と今後についてが語られるのだが、今はまさに廃炉作業を行っている段階なのだそうだ。そしてその完成形は誰も描けておらず、何十年と時間がかかる作業になるようだ。

これを書いている2025年3月現在、世間では生成AIがブームだ。生成AIの進化は日進月歩で進んでいる。それに対して、数十年かけて、取り壊し処分をしなければいけない福島第一原発。ベクトルが真逆すぎる2つの出来事が同時に進んでいるという事実に目眩がしそうになる。

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