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「飽き」とどう向き合えばいいのか

「飽き」とどう向き合えばいいのか

僕はとにかく飽き性で、20代後半になった今までいろんなことに手を出してきては、飽きてきた。

屋内でやるもの、屋外でやるもの、1人でやるもの、複数人でやるもの、お金がかかるもの、お金がかからないもの、数時間で飽きたもの、数年で飽きたもの、それはもういろいろ飽きてきた。

ここまで飽き性だと、なにか新しい物事を始める前の考え方、心構えがある程度できてくる。今回はそれについて書いてみようと思う。もし、これを読んでいる方の中に「飽きるのが怖くて、なかなか物事を始められない」という人がいたら、少しは参考になるかもしれない。

1.飽きることを織り込んでいる

僕の場合、そもそも始める前から飽きることを織り込んでいる。だいたいの物事は、始める前に「どうせすぐ飽きる」と思っている。

例えば、なにか趣味を始めるとき、「これをガチガチにやり込んで、一生のライフワークにしよう!」と最初から意気込んでしまうと、いざ飽きた時にいろいろと不都合が生じてしまう。それは、引くに引けないほど高い買い物をしてしまうことや、「なんでこんなに続かないんだ…」と自分に対してショックを受けてしまうことなど、少なからずダメージを受ける。

なので、飽き性の人は「いつ飽きても構わない」くらいのモチベーションでいると、気が楽になると思う。

そうやって、いろいろ手を出して試していくなかで、本当にライフワークみたいになるものがあれば万々歳なのである。僕としては、それ自体を探す過程がそもそも楽しいので、別にライフワークになんてならなくてもいいと思っている。

2.「飽きている」という状態であることを自覚する

なんとなく、「飽きたらもう全く手を付けなくなり終了」というイメージを持っている人もいるかもしれないが、なにも、すべての物事が飽きたら終了ではない。

僕個人の感覚では、熱量はサインカーブのように波形状になっていて、熱量が高い時期と低い時期を交互に繰り返していくイメージですらある。なので、そもそもの話だが、僕は「飽きる」ことを悪いことだと思っていない。「飽きている」と「ハマっている」の間を常に行き来しているだけだ。

もしなにかに飽きた場合、それは単に「飽きている」状態なのであって、別に終わったわけではない。逆に、なにかにハマっているときも、「ハマっている状態」というだけであって、いずれまた飽きるのである。もし、ずっと飽きないなにかが奇跡的に見つかったのなら、もう一丁あがりで、そもそもこんなブログは読む必要がない。

重要なのは、その波形の周期や振幅は物事や人によって異なるので、それは意識しておいたほうがいいかもしれない。

例えば、僕は中3でハマったバス釣りに、26歳のときに再びハマった(いまも継続している)。これくらい波長の長い趣味もあるということ。

3.サンクコストを完全に無視し、資産の流動性を高める

例えば、なにか趣味をはじめようと思って、そのための道具を一式、それなりに高いお金を払って揃えたとする。

でも、飽き性の人はいずれ飽きる。なので、それらの道具は不要なものと化し、ただただ部屋のスペースを取る負債になりうる。

こういうとき、普通は「あんなに高かったのだから、そんなにすぐ手放すなんて…」と思ってしまうものだ。しかも、「飽きている」状態だと自覚していれば、またいつそれが再燃するか分からないから、手放すにももったいな気がする。

けど、僕の提案としては、そういうのはもう飽きてしまった瞬間に手放してしまってもいいと思う。

「飽きたものはすぐに手放す、そしてまた次の何かを手に入れればいい」という考えが根底にあれば、飽きることがそんなに怖くなくなるし、リセールバリューが高いものであれば、金銭的ダメージもほぼ負わなくて済む。こうやって、趣味資産の流動性を高い状態を保つことは、飽き性にとって有効な手段のひとつなのではないかと思う。


ということで、「飽きる」ことについていま考えていることをざーっと書いてみた。飽き性で困っている人の参考になれば幸いである。

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